家計簿の隅に見つけた母の「言葉」|ある日突然、母を亡くした私がエンディングノートの大切さを知った日

皆さま、こんにちは。
神奈川県秦野市で行政書士事務所の開業準備をしております「安居院麻紀」です。

今日は、私の個人的な体験ですが、今の仕事にもつながる大切な出来事をお話しさせてください。


その電話は、仕事中に鳴りました

令和元年7月とある日の朝、私は介護の現場で入居者様の朝食準備に追われていました。
そのとき、同僚から「携帯が鳴っているよ」と声をかけられました。

仕事中ということもあり、すぐには出られませんでした。
けれど、なぜか胸のざわつきが止まりません。

ようやく一段落して折り返した電話の向こうで、父から告げられたのは、

「お母さんが亡くなった」

という言葉でした。

同居していた兄家族も、父も、あまりに突然の出来事に愕然としたそうです。

朝、父が起きたとき、隣で母はすでに冷たくなっていた。
事件性の確認のために警察が来るという、非日常の光景。

前兆も何もない、
ただ「いつも通りの明日」が来なかっただけでした。


遺された家計簿。読んでいいのかという葛藤

葬儀が終わり、慌ただしい日々が少し落ち着いた頃。
母の遺品を整理していると、一冊の家計簿が出てきました。

そこには日々の買い物の記録と一緒に、短い日記が添えられていました。

「読んでいいのかな…」

そう悩みましたが、どうしても母の心に触れたくて、私はページをめくりました。

そこには、母らしい言葉で、家族への気遣いや私のことを想ってくれている記述がありました。

「ああ、お母さんは、こんなふうに私たちのことを見てくれていたんだ」

そう知ることができて、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。

一方で、父は「読まない」という選択をしました。
兄は「いつか読む」と言って、大切に保管することにしました。

日記は個人のプライバシーです。
遺された家族にとって、それを読むことは、時にためらいや葛藤を生むものでもあります。


「家計簿」ではなく「エンディングノート」だったら

母が家計簿の隅に残してくれた、たった一言二言のメッセージ。
それだけでも私は救われました。

でも同時に、こう思いました。

もしこれが、
「家族に読んでもらうことを前提としたエンディングノート」だったら。

「読んでいいのかな」と悩む必要もありません。

母が何を考え、私たちに何を伝えたかったのか。
その想いを、堂々と受け取ることができたはずです。

私たちは、明日目が覚める保証を、誰一人持っていません。

だからこそ、元気な「今」という時間に、家族へメッセージを残しておくことは、とても大切なことだと身をもって感じました。

エンディングノートについての記事は、こちらの記事でも解説しています。
エンディングノートを書くのが難しいと感じたら

私がエンディングノートを作る理由

現在、私はオリジナルのエンディングノートを作成しています。

完成までにはもう少し時間がかかりそうですが、
この経験を詰め込んだ、皆さまのお役に立てる一冊にしたいと考えています。

エンディングノートは、決して「死の準備」ではありません。

残された家族が迷わず、後悔せず、
あなたの愛情を感じながら前を向くための 「道しるべ」 です。

かしこまった文章である必要はありません。

母が家計簿に書いていたような、
何気ない日常の想いでいいのです。

「自分がいなくなった後、家族にどんな言葉をかけてあげたいか」

そんな視点で、一筆残してみませんか。

あなたのその一言が、
いつか必ず、ご家族の大きな支えになります。

エンディングノートの書き方などでお悩みの方は、
どうぞお気軽にお問い合わせください。

行政書士あぐいまき事務所

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